お店でお客様にカカオのことやチョコレートの
ことを話していると「どこかのお菓子屋さんで
修行されていたのですか?」とよく聞かれます。
でも私の答えは「No」です。
それはもうチョコレートはずっと大好きで、
世界各国のチョコレートをそれこそ10円の
チョコ菓子から一粒1000円以上するチョコレートまで
色々食べてきました。
しかしお菓子屋さんで働いていた経験や
チョコレートを作っていた経験はありません。
バレンタインにチョコをもらえないので、市販の板チョコを
買ってきて、溶かして成型し直して手作りチョコ~って
自己満足した経験はあっても(あるんかい!)、本格的な
チョコレートを作った経験はありません。
安心してください、Dari Kのチョコレートを
作っているのは様々なパティスリーで修行を積んだ
パティシエ兼ショコラティエなので!
では私は今まで何をしてきたの?という話になると、
これがちょっと変わった経歴なんです。
少なくともお菓子業界では珍種だと思います。
それでは私はこれまでどういう経歴で
チョコレート・ショップのオープンに至ったのか、
ご説明致します。
栃木県の高校卒業後、慶應義塾大学の経済学部に
進学。在学中にシンガポール国立大へ留学し、
学部卒業後は京都大学大学院でアジア社会経済の
研究に従事。幸い業績が認められ、飛び級して
早く卒業させてもらえたので、今度はイギリスの
オックスフォード大学の大学院でも修士課程を
終了しました。
新卒で入社したのは某外資系投資銀行の投資銀行本部。
そして投資顧問・運用会社を経て、財団法人で
研究員をし、今のDari K設立に至ります。
えー、チョコ関係ないやん!
そんな声が聞こえてきそうですが、そんなことは
ないですよ。チョコを食べない日はないほど、
チョコは食べてました。雨にも負けず、風にも負けず、
雪にも負けなかったけど夏の暑さにはチョコは
勝てなかったですが、まあ年がら年中チョコを
食べてました。
チョコ好きだから脱サラチョコ屋かい、
と言われれば否定はしませんが、そんな単純な
わけでもありません。一貫性のない経歴に見えて、
実はDari K立ち上げは必然だったのかもしれません。
もともと私は興味をもったらそれに向かって
全力疾走する傾向がありました。たとえば
数年前には、バックパックで世界を放浪して
いました。これまで50~60カ国は行ったでしょうか。
下がその時の様子です。見どころは、ネパールで
頭を剃って一休さんになっているところです。
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色んな国を飛行機をほとんど使わずに陸路で
旅していたので、「ありがとう」「美味しい」
そして「トイレはどこですか」だけは
色んな国の言葉で言えるようになりました(笑
さて、製菓業界にいたわけでも、カカオ豆の
貿易会社にいたわけでもない私がなぜ
Dari Kを立ち上げたか。一見してエリート街道
まっしぐらだったのに、この方向転換の理由は何なのか。
(違いますよ~、リストラされたんじゃないですよ~!)
それには大きく2つの理由があります。
1.フェアトレードの幻想をぶち破りたかったから
2.どの既存のチョコレートよりも美味しい
チョコ作る自信があったから
夢の中でDari Kのロゴでもある神様が言ってました。
「何かに向かって全力でやって、当たって砕けろ!
当たらずに砕けるのはかっこ悪いぞ!」
「どっちにしろ砕けるんかい!」と心の中では
突っ込みましたが、まさに上の2つの理由のために、
これまでの順調に走ってきたレールから
外れて、レールがないどころか、岩がゴツゴツの
荒野に飛び込みました。
レールから外れるのは勇気がいります。
覚悟はしていたけど、それ以上に道なき道は凸凹の
連続です。そんな時、決まって夢の中で神様が
出てきてこう言います。
「既に存在する会社に入るのは言わば1からのスタート。
そこで出世していって社長になるのが10だ。
でも自分で事業を起こすというのは0から1を作り上げること。
1から2へ、2から3へ昇進するより、0から1を
作り上げるのは比べ物にならないほど大変だけど、
人生一度なんだし、やっちゃいなよ!」
なんだかファンキーな神様ですが、勇気をもらって
レールから外れることにしました。明日は、
チョコレートショップ Dari Kを設立した理由のひとつ、
「フェアトレードの幻想をぶち壊したかった」とは
どういうことかについて書きたいと思います。